スポーツ科学の研究分野,特に自然科学系の研究分野では研究を進めるためのフィールドが必要になる.動物実験を行うような研究分野であれば20日で成長するようなネズミを使って実験を行うのであるが,スポーツ選手を対象とする場合には,練習や効果が現れるまでには何年も要することは通常のことであり,ネズミのようには簡単にはいかないのである.さらに,スポーツ選手は目標を持ち,自分の競技力向上のために日々努力と鍛錬をしているわけであり,研究者の実験に協力するために競技生活を送っているわけではないのである.そういう点からも,スポーツ科学の研究者で競技力向上の研究を行うものにとっては配慮すべき点が多々ある.また私のように全くコーチングを行っていない者にとっては,アスリートに実験の意図や価値を理解してもらったり,研究に協力してもらうには相当の困難と努力を要するわけである.とはいえ,私の職場である順天堂大学には,幸いにも国際的な競技能力を有する学生から,通常の大学生レベル(かそれ以下)の学生まで幅広い人材が揃っており,コーチや選手からの理解を得ることさえすれば研究を進めることは可能であるので,スポーツ科学を研究するには絶好の場所ではないかと常々思っている.
ところで今日,体操競技に関する実験を行った.被験者となってくれたのは,オリンピックで金メダルを獲得した富田くんと鹿島くんを含む体操部の諸君であった.実験を行うにあたっては,体操研究室の教授であり,体操部のコーチである加納先生と色々と意見を交わして,先生から実験に対する理解を頂くことによりここまで至ったわけである.
このようにアスリートを被験者として実験するにあたり,これまでの経験から幾つかの留意点があるようである.まず第一に,実験とはいえ通常の練習時間の中で測定を行うことが多々あるため,通常の実験のように,失敗したからといって「もう一度やり直し」という状況には中々なりいくいということが挙げられる.さらに,通常の実験の中で行われているからこそ,測定値を選手に対して即時にフィードバックする必要があり,その内容は選手やコーチが理解し易い指標であったり,役に立つ指標である必要があるということだ.例えば今日は助走の速度変化の測定を行ったのだが,助走速度ひとつをとったとしても,研究では国際的な単位であるm/sも,通常乗っているクルマやバイクのメータと同じくkm/hに直してから伝えた方が彼らの約には立つということである.
実験が始まると,選手たちはPCに映し出される波形に興味を持って意味を聞いてきたり,選手同士で速度を競いあったりということも起こっていたようである.こういった測定を競技の現場で活用し,研究データもそれなりに集めることができるようにするためには,回数を重ねるなど,それなりの努力も必要なのかもしれない.今後ともこのような活動が定着するために,今後とも頑張って生きたいと思う.