切り替えはメリハリ

私のゼミに所属する学部生や大学院生の多くは運動部に所属して何らかのスポーツにも取り組んでいる.まさに勉強と競技の“両立”を目指している,いやいれば良いのだが.......
昨日まで,陸上のインカレが行われており,そこに選手として出場するゼミ生,サポートスタッフとして応援する側にまわったゼミ生,そして私と同様にカメラで競技を撮影するゼミ生など,様々なゼミの学生の姿があった.競技場で見る彼らの姿には,それぞれの役割を果たすべく真剣に取り組む姿が多々見られた.(中には競技中にも関わらず,競技に眼をやらずに,ずーと携帯電話をいじっているというみっともない姿も見られたがね.大学のクラブジャージをきてこの姿を曝すのは,大学としてはかなりの恥だと,私は個人的に思うよ.)

問題はその次の日である.インカレの次の日に,頭を切り替えて朝から研究室に来て,昨日のビデオの編集を行っていた学生の姿がある一方で,勝手に休日にしてしまいゼミの大学院生を対象としたミーティングをすっぽかした学生の姿もあった.大学を卒業して,企業からのサポートを受けることが出来ずに,かつ未だ学びたいと考えて大学院に進学して,勉強しながら競技生活も続ける学生というのは最近少なくない.このような傾向,私は個人的には良いことなのではないかと考えている.但し,彼らは自分が学部を卒業した今でも競技“も”継続することが出来るのは,大学院生という立場を得ているからである.大学院生であるからには,授業や研究ミーティングに出席する,修士論文や博士論文作成のための研究を推進することは最低限の義務であることは忘れないでほしい.
インターカレッジは学生選手にとっては晴れ舞台である.従って,それに懸けているのは理解できるし,頑張ってほしいと思っている.しかし,それが終わって,気持ちや時間の切り替えが出来ない大学院生は,学生として競技を継続する資格は無いのではないだろうか,と私は考える.なぜなら,彼らの場合は企業に就職して競技することを“勤務”として理解してもらえるレベルの選手ではないわけで,このことは言い換えれば,企業にサポートされないレベルの選手の場合には,彼らが競技することに価値を感じる者は,本人や家族しか居ないわけであり,様々なことを犠牲にして“頑張った”結果は本人達の“良い思いで”にしかならないことを意味するわけである.
私の考えに対して何を!と思う学生選手には,是非とも4年間という期限の中で他人や企業に評価されるような結果を出してもらいたいものである.